半田スカラシップ・カンボジア遊学生企画 レポート

【第2期】カンボジアで医の原点を見る

今回の遊学では、「医の原点」を見ることを自分の目的とした。本レポートではそのテーマに沿って、出来事を書いていこうと思う。

■SIHANOUK HOSPITAL CENTER OF HOPE(シアヌーク病院)
kawano_01.jpg 3月4日、私はプノンペンにあるSIHANOUK HOSPITAL CENTER OF HOPE(以下シアヌーク病院)を訪れた。朝、病院に着くとすぐに、私はプノンペン郊外へ車で1時間ほど行った田舎の地域への巡回診療(mobile clinic)に同行させてもらった。私の他に、その時来ていたボランティア3人、そしてシアヌーク病院のスタッフ2人の計6名で行くことになった。診療はその村の真ん中にあるレンガ造りの小さな小屋を診療所として行われた。住民(患者)は小屋の外に十数人並んでいて、医療スタッフは彼らを一人ずつ診察していく。
kawano_02.jpg 住民が訴える症状は下痢、腹痛、皮膚のかゆみ、咳など様々だったが、一方こちらはそれに完全に対応できるほどの装備は備えていない。たとえば一人の患者が「背中が痛い」と訴えてやってきた。医師は患者の訴える症状と聴診・触診、背中の叩打痛(背中を拳で軽く叩くと痛みを訴える)の確認などのみで尿路感染症と診断。治療は抗生物質と痛み止めを与えるのみだった。私が大学病院で実習する身だから強く感じてしまうことなのかもしれないが、おそらく日本であれば、血液検査や尿検査などをしなければ「尿路感染症」と診断を確定させられないだろうし、治療の方も、感染している細菌の種類を特定してから、それに強く効果がある薬剤を与える、というプロセスを経ると思われる。しかしその場にはもちろんそのような検査機器も薬剤はないわけで、日本との違いを強く感じることができた。特に治療(薬剤)については、痛み止めや解熱剤など対症療法が多かったように思われる。

kawano_03.jpg mobile clinicをしばらく見学した後は車で再び病院に戻り、医療設備・医療風景を見学させてもらった。
シアヌーク病院は事前に思っていたよりもきれいで、設備としてはレントゲンやエコーなどもそろえてあり、カンボジアでは進んだ設備を持っていると言えるだろう。診療は完全に無料で行っており、それゆえ患者がたくさん来るという。そのため入り口のところで患者の振り分けを行って、本当に必要な患者にだけ医療を施すようにしていると聞かされた。働いている医師と話していると、「困っている人を助ける」という仕事に大きな誇りを持っている印象を受け、誇りに満ちたとても「いい顔」で仕事をしているという印象を受けた。

■王立医科大学学生との話
 3月5日、私は王立医科大学の医学生Sokkhim Mangさんに会った。福岡教育大学の横山正幸先生に紹介していただいて可能になった機会だった。彼女はプノンペン郊外にある王立医科大学を案内してくれて、加えてちょうどその時行われていたX線検査の講義に参加させてくれた。とはいえ講義はフランス語で行われていて、フランス語には全く不案内の私には残念ながら口頭の説明は全く理解できなかった。かろうじてパソコン画面のフランス語をインターネットで調べつつ講義についていくのが精一杯だった。

 王立医科大学は、これもまた設備が整っており、X線検査の講義も一人一台のパソコンを使って行われていた。素直に「エリート」という言葉が浮かんできた。講義がフランス語で行われているのは、植民地の関係からフランスと関係が深く、大学にもフランス人講師が多いからだという。彼らは私と話す時は英語を使っていて、母国語のクメール語と合わせて3カ国語を話すことになる。

 講義が終わってSokkhimさんの同級生と話す機会を持つことができた。その話の中で印象的だったのは彼らの将来の進路だった。私は先日のシアヌーク病院の見学から、医療を受けられていない田舎の地域や貧しい住民が強く印象に残っており、カンボジアの医学生にはそのような医療過疎状態にある人々に医療行為をする臨床医を目指す学生が多いのではないかと勝手に思っていた。しかし彼らの進路の方向性はむしろ逆で、留学して自らのキャリアアップを目指すという学生が多かった。その理由の一つは、これは私の見解だが現在のカンボジアでは、患者を一人ひとり診る臨床医ではなく医学教育を含めた国全体の医療水準の底上げと、それをleadできる人材が必要とされているからだろう。

 しかしもう一つ、彼らの言った理由はもっとシンプルだった。「田舎には現金収入のある人は多くなく、そのような地で働く医師になっても自らの生活ができない」ということだった。彼らの言った、「田舎の人でも現金を持つ日本とは違う」という言葉がとても印象的だった。経済的なことを考えると、確かに現金を持たない人を患者として医師をしても収入が入らず、自分の生活ができない。現金収入のない田舎の人々に医療を施すという考えはあくまで「援助」の立場で来る立場の人ができることだと気付かされ、私がその地に住む者とは感覚が違っていることを思い知らされた。

■大坪加奈子さんとの話
 3月7日、私はカンボジアで活動するNPO法人TICOの大坪加奈子さんと会って話をした。TICOはプノンペン市内での救急体制の整備を行っており、それに関係することを様々聞くことができたが、その中で最も興味深かったのは、カンボジアに多くある海外からの寄付からなる無料(もしくはそれに準ずる)病院への懸念である。救急体制の整備は地元の病院、特に公的病院との連携が大切になる。その立場にある大坪さんだからこそ、無料病院と地元の病院が相容れない場合があるのがわかるようだ。

 無料病院は寄付や経済支援など先進国からの援助によるものが多く、無料であるだけでなく、バックに先進国があるために設備の面でも優れていることが多い。住民の側からすれば地元の病院より安くかつ進んだ医療を受けられることになり、そうすると住民は自然無料病院を受診する。それは逆に地元の病院には患者が来なくなることを意味し、地元の病院に収入が入らなくなるということである。

 これから発展していかなければならない地元の病院が経済的に圧迫されるということは、長期的に見るとカンボジアのためにならないと言えるだろう。「無料病院が悪い」と単純には言えるはずがないが(これに対する考察は後に述べる)、少なくとも「シンプルな善意の行動」がむしろ「害」になってしまうこともありうるということに私は大きな衝撃を受けた。

■Angkor Hospital for Children(AHC)
 3月9日、私はシェムリアップに活動地を移しAngkor Hospital for Children(以下AHC)を訪れた。AHCではそこで看護師として働く赤尾和美さんに話を聞くことができた。赤尾さんの話の中では、「教育」という観点が強調されていたように思う。

 AHCのスタッフには赤尾さん以外外国人はいないという。それはAHC自体がカンボジアの医療者の教育を目的としているからだ。はじめ病院が作られた当初は指導者としての外国人スタッフも多かったが、現在ではカンボジア人自身で指導も行っているという。時には外国人医療者を指導の目的で呼んで講義してもらうこともあるが、その時にはあくまで「カンボジアの病院で行える技術」を指導してもらうようにしているという。カンボジアの今後のために必要なものを求める、という徹底した姿勢が見えた。

 と同時にもう一つの「教育」として、一般人に対する教育も医療の一部になることがある例を聞かされた。たとえば小児の下痢や栄養失調などには、薬や栄養剤を与えてもあまり意味がない場合が多い。なぜならその原因が生活環境自体にあることがあるからだ。逆にそのような場合は「汚染された水を使わないこと」、「小児にはどのようなものを食べさせればよいのか」などを「教える」ことが立派な「治療」となる。「教育」という言葉がAHCのキーワードの一つになるだろう。

◎考察
 現在のカンボジアの最優先課題は医療水準(だけではないが)の底上げになるだろう。全体の底上げができてこそ、国全体に安定した医療を行き渡らせることができる。そのためにSokkhimさんのような医学生が将来医療指導者を目指して努力しているのだろうし、医療において「教育」という要素が重きを閉めているのだろう。

 しかし一方、国がどのような状態にあろうとも病人は出て、今現在病気で苦しむ人も大勢いる。「今現在」病気で苦しむ人への医療を行うのが、無料病院の役割になってくるのだろうと思う。大坪さんとの話の項で、その「弊害」について述べたが、考えてみるとやはりmobile clinicなどというのは無料で診療を行うシアヌーク病院だからこそできる医療だと思う。そこには「将来」と「現在」という視点の対立が存在するが、重要なのは長期的な目で見た時に無料病院の存在がカンボジア自体の発展の妨げにならないようにすることだけである。その単純なバランスが最も重要なのだろう。

kawano_04.jpg さて、今回の私の目的「医の原点」とは、言い換えると「発展途上国で医師として働くとはどのようなものなのか」ということだ。ではカンボジアで求められているのはどのような医師なのか。大坪さんからも赤尾さんからもほぼ同様の返答を聞かされた。それは、「一人で何でもできる医師」でも、「患者を思いやることのできる医師」でもなく、(その要素も必要だろうが)「カンボジアの医師を指導できる医師」であるという。現地住民を一人ひとり診る医師像を想像していた私にとって、このことは先に述べた無料病院と地元病院との関係に似ているように感じた。お二人ともカンボジアのことを長期的な目で見ている方なので、私の中の一応の結論としては、この場合でもおそらく「両者のバランス」というものが重要になってくる、ということにしておきたい。今後さらに考えなければならないテーマだと思う。

 そして最後に、今回の最大の収穫はやはり、現地で住民に対して直接医療を施している姿を間近で見ることができたことだ。これまで漠然としていた「発展途上国での医療」というものに具体的なイメージを付与することができ、非常に有意義な遊学となった。 最後になりましたが、今回ご支援いただいた半田晴久名誉領事、および名誉領事館の方々に、この場を借りてお礼申し上げます。


九州大学 河野 雄紀

在福岡カンボジア王国名誉領事館

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