半田スカラシップ・カンボジア遊学生企画 レポート

【第3期】カンボジアの歯科医療の現状を探る

 大好きな国、カンボジアの滞在は今回で3度目。目的は一貫している。歯科医師として国際歯科保健に携わりたい、という夢に一歩でも近づきたい思いからである。この国の人を知れば知る程、よく笑う穏やかな性格や、生きる事に必死で前向きだが、他人の事を思いやる優しさも持っている所に惹かれていった。そして遂には、あの暑苦しい気候や、そこら中に湧き出てくるハエ、塗装されていない道をバイクや車が走る事による埃でさえも愛しく思える程、カンボジアが大好きになった。そのような熱い思いを心に持ちつつ、私の遊学体験が始まる。

 素晴らしい出会いは、カンボジアに着く前に早くも訪れた。乗り換えのベトナム空港で、女の子が片言の日本語で話しかけてきたのだ。日本に1年間留学していた二十歳の学生で、待ち時間の2時間程、色々な話をした。飛行機に乗り込んだ後も、私の隣の人に席を代わって欲しいと頼んで座り、私と逆のお隣で、日本語が話せる韓国人の男の人をも引き込んで、皆で話し始めた。日本語と英語を使い、カンボジア語や韓国語の話で盛り上がり、複雑な異文化交流を体験して楽しんだ。それと同時に、1番年下なのに会話を取り仕切る、その積極性や親しみやすいところがいかにもカンボジア人らしい、と思った。その後も、遊学中は家族ぐるみで大変お世話になり、楽しい時を過ごした。

 カンボジア生活1日目、JICAのJAPANデスクにお邪魔させてもらい、日本のボランティア団体のことやカンボジアの現在の状況など様々な話を伺った。そしてホテルに帰り、この滞在をどのように有意義で素敵な旅にしようかという詳しい計画を練った。今思えば、寝る以外に長時間ホテルにいたのはたったこの日だけであった。

 次の日、友人が朝早く車で迎えに来てくれ向かった先は、カジノもある有名なNAGAホテル。FDI(国際歯科連盟)とCDA(カンボジア歯科学会)が共催で行う学会に参加するためである。そこで、歯学生の友人が受付や司会をし、堂々と世界中から来たドクターに向かって質問している姿を見て、若い歯医者のエネルギーを感じた。ところで、日本で私は身分を聞かれたら、もちろん学生だと答える。しかし彼らの多くは、よく歯医者だと答えるところに最初は違和感があったが、今では納得できる。自分の判断と責任を持って1人で治療をこなし、オペさえもやってのけ、学生なのに開業している友人さえいる。彼らに歯医者の卵だ、と言うのは不条理そのものであると今では感じる。結局その学会では、開業医や国立病院の歯医者さん、友人の友人など、色んな人とカンボジアや日本の歯科医療について意見交換して仲良くなれた。臨床経験も大した英会話力も無いただの学生でも、笑顔と交流したいという思いだけで、こんなにも色々な人と楽しく会話出来るのだと実感した。

saitou_01.jpg また、今回は歯科学生の結婚式にも参加できた。カンボジアの伝統的なドレスを借りて、めいっぱいお洒落して、最近建設された結婚式用の建物に出掛けた。日本の会場と似た作りで、丸いテーブルに10人程のいつもの仲間と座り、いつもよりも強いお酒を飲む。お酒を飲まない人もこの日だけはウイスキーで乾杯し、そして少し酔ってきた所で語り始める。プノンペンは歯医者ばかりだが田舎は違う、どうしたら国自体が良くなるのか。日本はどんなシステムで、国民皆保険って良いのか。また、実は最近結婚した彼女が束縛する、などの悩み相談まで。少し熱くなりすぎて討論が激化し、隣の子が「ごめんね、たまに学校でもこうなったりするんだ」と私に謝り、「そうだよ、時々殴り合うんだ、僕たち」とファイティングポーズ。「へぇ楽しそう、私も結構強いよ。」と負けじと続けた。このように、真剣な討論だがユーモアのある楽しい会話がすごく気に入っている。

saitou_02.jpg そして以前から感じていた、田舎と都市の大きな格差を見るために、私は田舎に行った。コンポンチャム州に着き、町を歩いた。20歳前後の子がバレーをしていて、片言の英語で一緒にやろうと言われたが、応援側に回って楽しみ、明日も来てね、と大きな笑顔で手を振っていた彼らの目はキラキラしていた。喉が渇いたので、メコン川の畔の露店でビールを買って夕日を眺めながら飲む。面前のメコン川に架かる、日本の援助で作られた巨大な絆橋を見つめながら、両国の更なる交流と友好を願った。そして、とても幸せな気分になった。コンポンチャムでは、他にも様々な触れ合いがあった。自転車をレンタルして町を回り、学校を見つけ、子供達と遊んでいると虫歯で黒くなった歯を見つけて心が痛んだり、先生や町の人と話をして歯科衛生について聞いてみたり。お気に入りのレストランがあり、毎日そこで食べていたら、最後の夕食後にフルーツが沢山きた時は驚いた。

 次は、もっと首都プノンペンから離れてみようとバッタンバン州へ。高速バスの移動は慣れていたが、この日はバスの調子が悪く到着する時間は午後11時と大幅に遅れていた。正直、知らない田舎に夜中に着くことが不安だった。バスの乗務員にホテルの場所を聞くと、彼がバイクで送ってくれると言ったが、正直に喜べなかったのは、外国人の足になる事がカンボジア人にとって重要な稼ぎであり、高額な値段を後から請求される事が本当に多いからだ。しかし、1人で歩く危険に比べたら、お金を気にしている場合ではないと思った。彼は私と荷物の両方を運べないので、友人を電話で呼んで二台でホテルに向かうと言う。ますます恐かったが、結局はあっという間に着き、全く何も請求されず、握手し気を付けて良い旅を、と笑顔で去って行った。この国の人達の優しさに泣きそうになるのは、何度目であろうかと考えた。

saitou_03.jpg バッタンバンでは、以前からメール友達であった人の歯科医院を訪ねたが、人手が足らないので即戦力としてすぐに仕事を与えられた。数日間、その先生の指示の下、日本から来たボランティアだと患者さんに説明後、歯科医師の卵として治療に携わった。慣れていないのである程度しか出来ないと分かっていたが、患者の多さと歯科医師の少なさを見て、出来る範囲で自分もやるしかないという思いで不安をかき消した。本当に見たかった、歯科医師が少ない場所での実情を知ることができた上に、現地の人とその問題に立ち向かうことが出来て良い経験になった。

saitou_04.jpg また、ノリア孤児院に行き、歯科学生だと言うと歯の検診を頼まれ大勢の子供の口の中を見させてもらったが、日本では見たことが無いような深い虫歯が何本もあった。痛みを訴える子を見て、余裕があったら歯医者に連れて行ってあげて下さいとしか言えない自分が惨めで、ただただ、出来るだけ早く立派な歯医者になりたいと思う。もっと努力しなければと思う。

 バッタンバンでは、ヨーロッパの様々な所からのボランティアや旅行者に出会い、レストランに行けば、そのような人達と盛り上がれる空気がそこにはあった。何故ならば、皆がカンボジアのため働き、カンボジアが大好きな人達ばかりだから、自然と仲良くなれる。

saitou_05.jpg そしてプノンペンに戻り、ある一斉調査を行った。もっと多くの子供達の歯科衛生について知りたい、歯科学生の思いが知りたいと思い、カンボジア大学や国立大の歯学部に行き授業中にお邪魔して、自分の聞きたいことを書いてコピーしておいたアンケート用紙を計700枚程配った。大規模な授業では、200人の生徒を前にアンケートのお願いをした時はとても緊張したが、回収する時に大勢の学生が私に向かって、サンキュウ!と言ってくれたことが印象的だった。

 最後に、カンボジアの親友達が空港まで送ってくれた。自分達は本当に貧しい田舎の子供達のために無料で歯科治療をする歯科医師になりたいと、2年前に私の前で夢を語っていた友人達は、今では先進国のボランティア団体に混じって田舎へ行き、通訳として橋渡しをし、実際に治療に当たっていた。大部分を学生で占める彼ら自身が、ボランティアを自主的に行う団体を作り、活動を始めている。ずっと大きく成長した彼らを見て思ったことは、日本が手伝うことがなくなる前に、この美しい国の端から端まで全ての人々が綺麗な歯で笑うことができるようなお手伝いがしたい、ということだ。



福岡歯科大学 斎藤 景子

在福岡カンボジア王国名誉領事館

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