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【プノンペン進藤卓也】カンボジアの旧ポル・ポト政権下(1975―79年)で行われた同胞の虐殺や処刑について、人道に対する罪や殺人、拷問の罪に問われた政治犯収容所の元所長、カン・ケ・イウ被告(67)の判決が26日、首都プノンペン郊外の特別法廷で言い渡された。判決は、「拷問や処刑は被告の権限のもとで行われた」と認定。禁固40年の求刑に対し禁固35年を言い渡した。
このうち「軍事法廷に違法に拘束されていた期間を考慮する」として、刑期を5年短縮し30年と認定した。また、99年から現在まで約11年間の拘束期間を既に刑に服したと算定することを認めており、現時点で判決が確定すれば実質の禁固は約19年となる。
判決は、約1万5千人が犠牲になった「トゥールスレン収容所」(通称S21、プノンペン)での犯罪について、「つめはぎや電気ショック、水攻めなどで自白を迫ることを容認していた」「非人間的行為と故意の殺人、拷問、非人間的な拘禁が行われた」と、被告の責任を認めた。一方で、事実解明で法廷へ協力的であったことや限定的ではあるが責任を認め謝罪したことなど、情状面を考慮した。
公判は2009年2月に開始。被告は「すべての死者に精神的責任を負う。収容所で亡くなった方に謝罪する」と、道義的責任は認める一方で、「家族を守るために(上部からの)命令に従うほかなく、スケープゴート(いけにえ)にされた」などと主張。最終弁論で無罪釈放を求めていた。裁判は二審制で、被告と検察側に控訴権がある。
当時のカンボジア国民の4分の1に当たる約200万人が虐殺や強制労働、飢えで亡くなったとされるポル・ポト時代について、同派幹部の犯罪を裁く国連支援の特別法廷は、これまでにナンバー2だったヌオン・チア元人民代表議会議長ら元幹部5人を逮捕しているが、判決は同被告が初めて。4人は早ければ年内にも起訴される見通し。
【プノンペン共同】カン・ケ・イウ被告の弁護人は26日、控訴する意向を明らかにした。共同通信の取材に答えた。
ポル・ポト派 1960年代に結成されたカンボジア共産党が母体。クメール・ルージュとも呼ばれた。75年に親米ロン・ノル政権を倒し、中国の毛沢東主義の影響を受けた共産主義政策を展開。学校教育、宗教、家庭などの社会制度を否定して教師や医師を含む知識人らを虐殺したほか、都市住民を地方に強制移住、強制労働させ、餓死させるなどした。全土で計200万人近くが死亡したとされるが正確な数字は不明。ベトナム軍の侵攻で政権は79年に崩壊したが、抵抗を続け、内戦が長期化。98年に最高実力者のポル・ポト元首相が死亡、投降が相次ぎ99年に消滅した。
2010年07月27日西日本新聞朝刊