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ポト派初判決 大虐殺の闇、解明これから

 かつて国全体を覆った巨大な闇に、一筋の光が当たった。

 カンボジアのポル・ポト政権による国民大虐殺を裁く特別法廷の判決公判が26日、プノンペンで開かれ、政治犯収容所の所長だったカン・ケ・イウ被告(67)に対し、禁固35年を言い渡した。

 カンボジア大虐殺は、現代史の大きな謎の一つである。

 ポル・ポト派は1975年に政権を握ると、極端な共産主義政策を展開した。政治犯や知識人を粛清し、都市住民を強制移住・労働させ、多くを餓死させた。貨幣制度や宗教、家族制度まで否定し、全土で密告による処刑が行われた。政権は79年崩壊したが、ポト派は国境地帯で内戦を続け、最高権力者だったポル・ポト元首相は内戦末期の98年に死亡した。

 ポル・ポト政権下の殺害や強制労働、飢餓による栄養失調などで、当時のカンボジア国民のほぼ4分の1にあたる170万―200万人が死亡したと推定される。自国民をこれほど短期間で大量に死へと追いやった政権はほかに例を見ない。しかも、政権が何を意図し、どういう意思決定の仕組みで大量殺害が行われていったのか、明らかにされていない。

 この狂気の歴史を解明しようと、国連が支援するカンボジア国内法廷として、2004年に特別法廷の設置が決まった。人道に関する罪や戦争犯罪などで元ポト派幹部を裁くものだ。日本は法廷予算のほぼ半額を支援している。

 今回判決を言い渡された被告は、プノンペンにあった政治犯収容所の所長だった。この収容所には、女性や子どもも含む約1万5千人の一般国民がいわれのない罪で連行され、拷問で死亡したり郊外の処刑場に運ばれて殺されたりした。生き残ったのはわずか数人とされる。

 公判で元所長は収容所での虐殺について詳細に供述し、犠牲者への謝罪を口にした。最高刑が終身刑で求刑は禁固40年、判決でさらに減じられたのは、裁判への協力姿勢が考慮されたとみられる。

 カンボジアの大虐殺については、これまで公正な法の裁きがなかった。特別法廷には、虐殺の責任者を罰し正義を実現することで、同じ国民が虐殺の被害者、加害者として深く傷ついた社会の再生を図る目的もあった。カンボジア人が自ら歴史の区切りをつけるという意味で、今回の判決には大きな意味がある。

 しかし、元所長は全土で繰り広げられた虐殺に関しては証言できなかった。政権の意思決定に関与する最高幹部の立場になかったからだ。

 特別法廷は、今回の元所長のほか、当時の最高幹部のうちヌオン・チア元人民代表議会議長ら生存する4人を拘束しているが、まだ起訴もしていない。大虐殺の本質を解き明かすには、これら元幹部の審理が不可欠である。だが、元幹部らはいずれも70歳代後半から80歳代の高齢だ。今後、どれだけ歴史の闇に迫れるのかは、時間との闘いになる。

2010年07月28日 西日本新聞朝刊

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