私たちのカンボジア体験
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「スバエク・トムの夕べ」(上智大学「緑陰講座2011 in CAMBODIA」参加報告)

上智福岡中学高等学校英語科教員 松井 綾子
 
 8月26日、金曜日。アンコールワットはじめ、カンボジアの見所と言われるほとんど全ての遺跡を巡ったあとに、行程表に記されていた「スバエク・トム影絵ワークショップ」。その文字を見ながら、私には漠然としたイメージしか浮かばなかった。インドネシアの影絵は聞いたことがあるけれど、カンボジアの影絵?ワークショップ?トムというのは“大きい”の意味だけれど...そんな程度しか考えつかなかった。


 前日、丸井先生に手渡された3メートルの大きな布とクロマー。これが影絵の衣装に様変わりするとのこと。どんな衣装に変身するのかはっきりと思い描けないまま、それでも未知のものへのわくわくする気分を味わった。「本当はもう少し長い影絵芝居なのだけど、今回はダイジェスト版で少し短くしてもらっています。でも20分くらいにしてと頼むと、こんな伝統的な濃い芝居をそんなに短くできる訳はない!と一座の方に言われました。」丸井先生の言葉を聞きながら、これはただの観光客向けの影絵ではない、ティ・チアン一座は本気の芝居をしているところなのだと確信を持った。いよいよ、楽しみである。
 さて、金曜の夜、雨期の雨でぬかるんだ道を抜けた空き地に、ティ・チアン一座の舞台が用意されていた。周りにはちらほら村人たちの姿もあった。まずは一座の中でも高齢の、演出家風のおじさんからご挨拶。年齢を感じさせないはきはきとした声としゃんとした姿勢、こだわりを持つ人の目。楽器に触れさせてもらったあとに、件の衣装に着替える。日本に帰っても着られるようにと思っていたが、思った以上に複雑な巻き方で、だが彼らは慣れた手つきできれいに着付けてくれた。緑陰講座メンバー、皆、なかなかに似合っており満足げである。 

 次は音楽に合わせてステップの練習をする。これがまた難しい。最初はこのステップと影絵にどういう関係があるのかよく分からなかったが、後で影絵を持ってそれぞれの場面ごとに練習して分かった。悲しい場面は足取り重く、戦いの場面は怒りを込めて、前進の場面は軽快に、とその場面ごとの感情表現がみごとに足取りにも現れているのである。そして各場面を演じるごとに、演出家のおじさんの温かくも厳しい指導が入る。上智福岡の高校生団は、おっとりした性格なのか、戦いの場面も遠慮がちである。おじさん、すかさず「もっと激しく!」「早く動く!」「腰に力を入れる!」と(言っていたと思われる)、ワークショップであっても、さらに良いものを目指す精神で、熱心に指導をして下さる。見ていて本当に、楽しく、嬉しく、わくわくした。私たちはちょっとやってみるだけではあるのだけれど、彼らの芝居に対する真剣な姿勢や、こちらに伝えようという思いには本当に熱いものを感じた。

 日も落ちて暗くなってくると、いよいよ彼らの舞台の開演である。まずはお祈りを捧げる。物語のはじまりは猿の訓話から。そしてリアム王子と、アンチタットの戦いの話。アンチタットが化けた熊の今にも飛びかかってきそうな迫力。猿の将軍、戦車の行進の力強さ。影絵の使い手が舞台裏で組み合う一騎打ちの緊張感。無数の蛇に絡まれる王子の苦しげな表情。凛々しい鳥の王ガルーダ。そしてガルーダが蛇を食いちぎる緊迫の場面。動かない大きな1枚の皮でできた影絵なのに、こんなにも見る者をはらはらとさせ、引き込み、言葉の壁をやすやすと超えて胸に響いてくる。


 上演の途中で、凄まじい雨がきた。本当に突然に、まるで天に神様がいて、その思し召しで雨を降らせているような、そんな激しい雨だった。それでも中断することなく続いた熱っぽい劇と、激しく音を立てて降る雨。それがこのスバエク・トムの夕べの印象をずっと味わい深く、強くしてくれたような気がする。
 王子がレアックを引き連れて陣地に戻る、凱旋の場面。戦士たちの威風堂々の足取りと、きゃっきゃと嬉しそうにはしゃぎついてくる猿たち。思わずにっこりしてしまうようなハッピーエンドに、もう雨の音も気にならなくなっていた。


 丸井先生、観光旅行では絶対に味わうことのできない、このようなワークショップに参加させていただいて、本当にありがとうございました。“本物”を求めるティ・チアン一座を見ていると、この国の無形遺産もまた、次の世代に間違いなく引き継がれるのだろうと、心強く思いました。そして、このワークショップに一緒に参加した皆さん。皆さんでなければ、あんなに笑いのあふれるワークショップにはならなかったと思います。いろんなステップ、演技があって、個性の花咲く楽しい夕べでした。この緑陰講座で皆さんとご一緒でき、とっても嬉しかったです。またいつかお会いできるのを楽しみにしています。どうかそれまでお元気で!

在福岡カンボジア王国名誉領事館

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