私たちのカンボジア体験
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「緑陰講座2011 in CAMBODIA」の意義(上智大学「緑陰講座2011 in CAMBODIA」参加報告)

上智福岡中学高等学校教員 吉田 稔

「カンボジア緑陰講座に行って欲しい」。このミッションを受けたのは五月のことであり、いろいろな事情を抱えていた私には、あまりにも唐突な話であった。それだけに今でも何か因縁めいたものを感じている。こんな私が、今回の講座の意義を説いてみるのも意味があるかもしれない…。勝手な理由で、書かせていただくことにする。
さて、最初に見た緑陰講座に関する案内文書の表題は、次の通りだった。

   「第12回・2011年アンコール・ワット環境整備活動と緑陰講座」
    2011年度のテーマ「カンボジアの人と楽しむ・学ぶ文化遺産」


 メインタイトルと年度テーマのギャップ。どちらに重きがあるのか、なかなかイメージが湧かない。疑問に思ったが、終わってみれば分かることだと考えるのをやめた。
上智大学外国語学部アジア文化研究室の丸井雅子准教授からお聞きしたところによれば、最初は遺跡の清掃活動に1つの目的があったらしい。『環境整備活動』という言葉に当初のコンセプトがうかがえる。今年も確かにアプサラ機構を訪問し、環境整備事業の説明を受けた上で記念植樹をした。ただし、すべて用意されたもので『環境整備活動』とはとてもいえない。上智大学は、アプサラ機構 (アンコール地域遺跡整備機構) の設立、および同機構が行うアンコール環境マネジメントシステムのISO14001取得に重要な役割を果たしてきた。緑陰講座の歴史は、意識的でなくともその動きと関連していたのではないか。アプサラ機構が独り立ちしている今、緑陰講座における環境整備活動自体は重きがなくなった、もしくはあえて控えるようになってきたと考えられる。以上の点は、講座を支えてこられた方々には当たり前のことだろう。ただ、案内文書のメインタイトルを見て私が「覚悟した」こととは違っていた。また、そもそも「緑陰講座」といえば、夏の木陰でお坊さんの法話を聞いたり、緑豊かなお寺の堂内で座禅を組んだりするイメージが強い。何も知らない人(特に中高年) に「カンボジアで緑陰講座に参加してきた」とだけ言ったならば、おそらく全く違うことを想像されるに違いない。私にとっては、緑陰どころか、灼熱とスコールの中のフィールドワーク、ワークショップであった。ただし、一方で全体を通して何故か不思議な清々しさと快適さも感じていた。抽象的だが、ここにこそ、特に今回の意義を見いだす鍵があるように思う。


 今回の講座参加者は、丸井先生を含め20名の男女比は全体としては10:10で「ノーマルな?」構成だった (ピヤックダイさんと松浦先生は除いて) 。しかしながら、主たる講座対象者である大学生は6:3で女性が多く、そこに良くも悪くも、我が上智福岡の高校生6名(すべて男子=男性)がハッスルしなければならない状況ができあがっていた。また、社会人という意味での「大人」は女性4に男性1で、しかも20代から60前後と幅広く、それがいわば「女系的大家族」という雰囲気をつくっていった。今回の講座がうまくいったのは、何よりも丸井先生がバラエティーに富むプログラムを準備され、それを我々が十分堪能したからであるが、加えて、この独特の家族的雰囲気の中で「熟若男女」各自が自分の感性に響いてきたことを「口に出す」ことにより、それに対して各世代が独自の反応=「受け止め」を示し、心に留めたからでもあった (特に「ふりかえり」の時) 。


 閉講式の時に話したように、本講座は高校生にとって、大学に入る前の通過儀礼としてとてもよいプログラムだった。「通過儀礼」とは、『広辞苑』によれば「人の一生に経験する、誕生・成年・結婚・死亡などの儀礼習俗」という意味である。しかし、私が言っているのは、少年から青年へ、青年から大人へと成長する時に経験すべき苦難、試練という意味である。私は成人式には出ていないが、それなりに大人になる経験をしたと思っている。山にあこがれ、信州の大学に行くことになった時、柳行李と布団袋だけを「チッキ」で駅留とし、下宿も決まっていないのに佐世保から一人で松本に向かった…。昔は大学入試自体が試練であり、いわば「通過儀礼」であった。だから多くの場合、年齢と関係なく大学生になると一般的に飲酒・喫煙が自由になった。つまり、歓迎コンパで「洗礼」を受けた。また受験勉強は別にして、先輩や浪人した同級生に自分がいかに「無知な少年」であるかを思い知らされた。自衛手段として、理論武装と体力強化が必要となった。


 もっとも、昔の日本(たとえばアンコール朝と同時期)では、少年から一気に大人にならなければならなかった。学生時代に読んだ、橫井清氏の『中世民衆の生活文化』という本の中に、「中世民衆史における「十五歳」の意味について」と題する短い論文がある。世阿弥が書いた『花伝書』の「年来稽古条々」ではそれぞれの年代の役者としての心得が書かれている。12,3歳は、大人が驚くほど器用で「時分の花」を持っているが、役者としての「まことの花」は24,5歳にならないと出てこない。それは、声変わりや体格の変調期である17,8歳の時に必死に稽古に励んだ結果得られるものという。橫井氏は、この花伝書の12,3歳と17,8歳の間に武士の元服にあたる年齢があり、それが15歳であることを土一揆の署名などの史料から指摘している。署名能力=責任能力であり、今でいう刑事責任能力が生じる年齢なのである。恐る恐る署名し、命がけで一揆に加わった15歳の若者。そういえば、赤とんぼの歌詞には「十五でネエヤは嫁に行き」とある。法律上は別として、戦前まで15歳は大人として扱われる最初の年であり、当然「大人」としての洗礼を受けた。


最近、日本では大学そのものの意味も変わってきている。今回家族の生活ために土産物を売る子どもたちや、寺院で神様・仏様を守り続けるおばあさんなど、直接的には世界遺産と関係ない人々に出会い、考えさせられた。また、講座に参加した生徒たちは、食べ慣れない食事に苦しみ、日本では考えられない生活の不便さを味わった。本校生は前回から割り込ませて頂いているわけだが、本講座は特に高校生たちにとって貴重な通過儀礼になったと思う。ただ、私にとっては幼児期の記憶<若かった父母や故郷の人々…>を思い出させるノスタルジックな時間で、心地よい擬似追体験であった。講座に参加したひとり一人が、日本の日常とは違う「何か」を学んだのではないだろうか。私についていえば、少なくとも自分の不幸を他人のせいにすることだけはやめよう、と思った。カンボジアの人々から学んだ大切な「思想」である。

在福岡カンボジア王国名誉領事館

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