半田スカラシップ・カンボジア遊学生企画 レポート

【第12期】歴史と文化から考える支援


1.序論

きっかけ
高校生の時に発展途上国で学習支援のボランティアをしたいという夢を抱きました。そして、大学の講義やゼミで、インドシナ難民やスラム街の問題について学んでいく中で、東南アジアに興味を持ち、現状を自分の目で見たいと思うようになりました。そのような中、ゼミでカンボジア遊学についての話を聞き参加を志望いたしました。

遊学目的
目的は、「現地の人々との交流を通して、歴史と文化を知り、発展途上国に対する支援のあり方について考えるため」です。

遊学計画
目的を達成するために、約2週間の遊学計画を立てました。前半の1週間はコンポンチャム州で村の子供たちに学習支援を行いました。その後、3日間はシェムリアップに滞在し、4日間は首都プノンペンに滞在しました。プノンペン滞在期間中には、カンボジア大学に訪問させていただきました。
また、遊学計画の作成に伴い、遊学中の具体的な目標を2つ決めました。1つ目は、村の人々との共同生活や遺産の訪問という体験を通して、カンボジアの慣習や人々の考え方について理解を深めることです。2つ目は、同世代と交流し、お互いの国や教育制度、平和ついて議論することです。


2.前半の1週間

コンポンチャム州での学習支援
../2023/2023_img/post_1/post_1_1.jpg 私はCBBのインターン生としてコンポンチャム州を訪れました。CBBはコンポンチャム州を中心に学習支援を行っている国際協力NGO団体です。コンポンチャム州を訪れて、まず、私は村の人々が自然を基準にして日常生活を営んでいることに驚きました。朝は鶏の鳴き声と共に起き、空が暗くなったら寝るという、日本での生活とは全く異なる生活リズムでしたが、時間がゆっくり流れているように感じられ、有意義な1週間を過ごすことができました。さらに、テレビや冷蔵庫、洗濯機はほとんどないこと、1台のバイクに3~4人乗って移動することなど、日本では体験しないようなものに驚いてばかりでした。
村の子供たちは、私を見るや否や身振り手振りをしながら話しかけてくれました。言葉が通じなくても、自分の気持ちをなんとか伝えようとしてくれる子供たちを見て、少しずつでもクメール語を覚えて、コミュニケーションをたくさんとりたいと思いました。日本語の授業では、曜日や動物の名前を教えました。初めての授業では、日本語の発音を伝えることの難しさを痛感しました。しかし、教材を作ったり、単語の読み方を教えたりする際に、クメール語を見よう見まねで書いたものの、読み方も書き方も分からず苦戦したことを通して、日本語を初めて見る子供たちの気持ちが分かり、自分なりに工夫して発音を教えることができるようになりました。


現状と問題
../2023/2023_img/post_1/post_1_2.jpg インターンの先輩から、カンボジアでは貧困や家の手伝いを理由に退学したり、進学できなかったりする子供が多く、安い賃金で働くために貧困から脱出できないという話を聞きました。実際に、CBBスクールに通う子供たちの中にも家の手伝いをしている子供たちや、学費を理由に進学を悩む子供たちがいるため、インターン生全員で寄付を募る計画を立てたり、子供たちの現状をより多くの人に知ってもらえるようにSNSの更新頻度を高めたりしました。また、学習支援を行っていく中で、子供たちが所構わずゴミをポイ捨てしていることや、ゴミを拾い遊んでいることに気づきました。私はこの光景を目の当たりにし、掃除やゴミの分別の習慣がなく、ポイ捨てが日常となってしまっていることが、カンボジアのゴミ問題の大きな要因になっていると考えました。そのため、インターンの仲間と共に子供たちにゴミはゴミ箱に捨てることや、掃除の仕方を教えました。ゴミ問題に関心を持ち、掃除を習慣化するだけでも、ゴミ問題の解決に繋がるため、教育の重大さを改めて実感しました。


3.後半の1週間

アンコール遺跡と歴史
../2023/2023_img/post_1/post_1_3.jpg コンポンチャム州からシェムリアップへ移動し、アンコール遺跡を巡りました。遺跡群の中でも、アンコール・ワット、アンコール・トム、タ・プローム遺跡を訪れました。どの遺跡も広大で、圧倒されました。また、壁画や装飾には、ヒンドゥー教の神話に登場する生き物などが用いられており、一日では見足りないくらい美しく、神秘的でした。侵略や内戦のため、破壊されたアンコール遺跡の修復に日本も協力していることを学んだり、アンコール遺跡周辺の日本人観光客の多さを目にしたりと、日本とカンボジアの関係の深さを感じることができました。


カンボジア大学
../2023/2023_img/post_1/post_1_4.jpg 私は「開発政策と実践」という講義と英語のクラスに参加しました。カンボジア大学の学生は積極的に手を挙げて質問に答えたり、自分の意見を発言したりしていました。初めは自分の意見を発表することに恥ずかしさがありましたが、クラスにいるメンバー全員で授業をつくりあげることに楽しみを感じ、積極的に発言することができるようになりました。また、カンボジア大学の学生達と、カンボジアと日本の違いについて話し合いました。ディベートの中で1番印象に残った議題は、「カンボジアには図書館が少ない」というものです。日本人にとって本は身近なもので、幼少期から読んでいることを伝えると、皆驚いていました。カンボジア大学の校内を見学させていただいた時、カンボジア大学の図書館の本も寄付によるものというお話を聞きました。また、CBBスクールでも寄付で集まった本を用いて授業をしていました。カンボジアでは、本だけでなく、おもちゃや文房具なども不足しており、学習用具の不足が子供たちの学習機会と意欲の妨げになっていることに気づきました。

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首都プノンペン
最終日に私はトゥールスレン虐殺博物館を訪れました。トゥールスレン虐殺博物館とは、ポル・ポト政権時に高校の校舎を改造してつくられ、S-21収容所と呼ばれた拷問施設のことです。私は大学の講義でインドシナ難民について学ぶ前までカンボジアで拷問や虐殺があったことを知りませんでした。収容者の写真を見ている時に、1人のおばあさんが話しかけてくれました。彼女は涙ぐみながらクメール語で親族がトゥールスレンに収容されたという話をしてくれました。表情や声色から彼女が抱える傷の内容が伝わってきて、涙が止まりませんでした。博物館から一歩外に出ると、ポル・ポト政権時のプノンペンには人がほとんどいなかったということが信じられないくらい、プノンペンは多くの人で賑わっていました。拷問、虐殺の残酷さとともに、カンボジアの急速な経済発展を全身で感じました。


4.結論

カンボジア遊学に参加する前は、発展途上国に対して先入観を持っていました。しかし、実際はプノンペンにはビルが立ち並んでおり、村には多くの市場やお店があって活気に溢れていました。お店の人はフレンドリーな方が多かったり、外でみんなでご飯を食べる文化があったり、村ではテレビが普及していない分、コミュニケーションをとる機会が多かったりと、短い時間でも仲を深めることができる要素が多くあるため人との関わりが楽しかったです。また、日本にいる時には、ゴミ問題や児童労働、教育格差を身近に感じることはありませんでしたが、現地でカンボジアが抱える様々な問題を目の当たりにし、当事者意識を持って意見することの大切さを知りました。そして、現状を周知させることや、現地の人々が運営し続けていくことのできるシステム作りこそが発展途上国に対する支援として重要だと感じました。さらに、読書や掃除などの体験学習を充実させ、知識を広げる手助けをすることが問題解決に繋がると考えました。
カンボジア遊学を通して考えたことや学んだことを忘れず、日本と世界を繋ぐ架け橋としてこれから活躍していきたいです。

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5.謝辞

本遊学に参加するにあたり、半田晴久氏をはじめとし、在福岡カンボジア王国名誉領事館の長田夏来氏、中田博文氏に心から感謝いたします。また、本遊学に参加するきっかけを与えてくださり、終始温かいご助言を頂いた大島麻衣子氏にも大変お世話になりました。厚く御礼申し上げます。最後に、カンボジアでお世話になった皆様に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

第12期生 松尾 栞里 福岡大学 法学部法律学科

在福岡カンボジア王国名誉領事館

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