半田スカラシップ・カンボジア遊学生企画 レポート
【第13期】未来への躍進と取り残された暮らし -カンボジアに見る二つの側面-
私がこの遊学プログラムに応募した背景には、地理に対する長年の情熱と、カンボジア特有の文化や自然への好奇心がある。私は幼い頃から地理に興味を持ち、地図を見て、さまざまな世界に想いを馳せることが好きだった。特にカンボジアのトンレサップ湖には独自の魅力があり、その大きさが雨季と乾季で劇的に変化する点に強く惹かれていた。また、トンレサップ湖には水上集落というものがあり、そこで人々が暮らしていることにも興味を持った。高校生になりカンボジア近現代史を学んだことで、トンレサップ湖のような独特の地形が周辺の人々の生活に与える影響だけでなく、なぜ彼らはそこで暮らしているのかについてさらに学びたいと思った。
大学生となり、専攻している地理学の観点から人々の移住について研究を行う中で、私はフィールドワークの重要性を認識するようになった。以前、マーシャル諸島でのインタビュー調査を行った際に、現地で直接人々の声を聞くことでデータや文献だけでは得られない多くの気づきを得ることができた。この経験から、今回の遊学ではカンボジアのトンレサップ湖に暮らすベトナム系住民に対してインタビュー調査を行いたいと考えた。
このフィールドワークを通じて、ベトナム系住民の歴史的背景や現在の社会的課題を掘り下げることで、地理学的な知識だけでなく、カンボジア社会の多様な側面を包括的に理解することを目指した。また、現地の声を直接聴くことによって、人々の生活と歴史がどのように交差し、影響し合っているかを明らかにし、トンレサップ湖特有の居住習慣や、移住についての理解をより深めることを目的とした。
今回の調査は、トンレサップ湖の水上集落であるChong Khneasで暮らすベトナム系住民の生活や歴史的背景を探ることを目的とした。現地でのフィールドワークには、「Happy Smile Tour」というツアー会社に協力を依頼し、ボートと通訳の手配を行った。
調査対象として、Chong Khneasで生活するベトナム系住民の夫婦にインタビューを行い、主に以下のテーマについて伺った。
日常生活:湖の上での暮らしの具体的な様子や、経済活動、季節の変化に対する対応など
文化・宗教的側面:トンレサップ湖特有の伝統や習慣、またベトナム系住民ならではの宗教行事や価値観について
歴史的背景:クメール・ルージュ時代の出来事がどのように彼らの生活に影響を与えたかについて
また、トンレサップ湖のベトナム系住民は、カンボジアの歴史、特にポルポト政権の時代と深く関わっている。この話題は非常にセンシティブであるため、現地調査に入る前に、大学を訪れて教授から専門的な意見を伺うことを計画した。さらに、現地の同年代の人々と交流することで、カンボジアにおけるクメール・ルージュに関する話題の肌感覚を学び、調査にあたっての配慮を十分に理解したいと考えた。
調査前に、在福岡カンボジア王国名誉領事館と深い関わりを持つカンボジア大学を訪問し、現地での学びを深める機会を得た。授業の聴講を希望したが、あいにくカンボジア大学は休み期間中で、クメール・ルージュに関する特定の授業は開講されていなかった。そのため、代わりに大学生との交流を中心に活動を行った。
カンボジア大学滞在中はたくさんの大学生と話すことができた。その中で主に私の世話をしてくださったのが、私より1歳年上の大学院生のティナさんであった。彼女は非常に流暢な英語を話し、私の拙い英語も理解しようと努めてくれた。彼女は特にK-POPに興味を持っており、私が好きなTWICEについても多く語り合った。ジョンヨンのファンであることを伝えたり、懐かしい曲「Knock Knock」について笑い合ったりした。こうした共通の趣味を通じた交流は、文化的な壁を越えた貴重な経験となった。
また、彼女は大学のスタッフ業務をアルバイトとして行っており、月収は約200ドルであると述べていた。これに対し、私も同程度の収入を得ていると返すと、「私は週に5日、1日8時間働いているのに!」という驚きの反応が返ってきた。時給換算で約200円、日本の労働市場と比較すると1/5程度である。この具体的な事例を通じて、カンボジアの経済状況や一人当たりGDPの実情について考えさせられる機会となった。
さらに、希望していた社会科学の授業を受講できなかった代わりに1年生向けのIELTS対策授業を見学することができ、英語教育の進展状況を肌で感じることができた。非常に高いレベルの学習をしており、私も負けていられないと感じた。また、母国語で多くの学術的な情報にアクセスできる日本という環境に、私は感謝しなければならないとも感じた。開発と貧困に関する講義では、日本の人口ピラミッドが悪い例として取り上げられ、私が思わず笑ってしまう場面もあった。授業後に、ある学生が「カンボジアも日本のようになりたい」と述べてくれたが、その熱意には驚かされる一方で、私はカンボジアには独自の活力と成長の余地があると強く感じ、カンボジアの良さをそのまま維持しながら成長していくことの重要性を伝えたくなった。
また、カンボジアのお盆であるプチュンバンに向けた飾りつけを手伝わせていただく機会もあり、仏教行事としての共通点を持ちながらも、文化や習慣に大きな差異があることについての話をすることができた。特に、プチュンバンの祝い方について現地の学生たちと意見を交わすことで、宗教的な儀式がカンボジアにおいてどのような意味を持つのかを深く理解することができた。
このような交流を通じて、私はカンボジアの大学生たちの前向きな姿勢やその国に根差したエネルギーを深く感じることができた。この体験は私にとってとても貴重で、意義深い経験となった。
シェムリアップの町からトゥクトゥクと船を乗り継いで1時間、カンボジアのトンレサップ湖に浮かぶ水上集落であるChong Khneas村に向かった。この集落は約500世帯、総人口3,000人ほどの規模で、主に漁業によって生計を立てている住民が暮らしている。私はここで、通訳を介したインタビュー調査を実施した。本調査の対象は、漁業に従事する1組の夫婦で、彼らはベトナムとカンボジアの双方にルーツを持つ。妻はカンボジアとベトナムの混血でクメール語を話すことができるが、夫はベトナムの血を引き、クメール語は理解できない。彼らには二人の子供がいる。彼らは私の質問に、とても親切に、とても詳しく答えてくださった。私も失礼がないよう細心の注意を払いながらインタビューを実施した。
日常生活において、この夫婦は夜間に夫が漁に出かけ、妻が家を守る生活を営んでいる。この日の漁では8キロの魚が取れ、その日の収益は約25ドルであったが、燃料費などの経費に20ドルが必要となるため、収入はわずかである。また、漁業を行うためには3か月ごとに追加の費用がかかるという。妻がクメール語を話せるため、漁の収穫物を陸地に持ち込み販売する役割を担っている。集落内には3年生までの公立小学校が設置されているが、中等教育を受ける子供はおらず、多くの子供は漁師となり、家業を継ぐことが一般的である。
文化的および宗教的な側面では、この水上集落は季節ごとに移動し、3つの異なるタイプの浮遊家屋が見られる。これらはドラム缶の上に乗る家、大きな船を利用した家、竹の筏を使用した家の3種類である。また、仏教の信仰が根付いており、ベトナム(中国系)の仏壇とクメール系の仏壇が同居していることが、彼らの複雑な文化的背景を象徴している。婚姻後、子供は親元から独立して自らの家を構える習慣がある。
歴史的な背景として、調査対象の夫婦は共にChong Khneas集落で生まれ育ち、夫はベトナム国籍を保持しているが、カンボジア国籍を持つ妻と結婚しても国籍の変更は認められていないという制約がある。実際にシェムリアップの街に無料で出産・診療をしてもらえる小児科医院があるそうだが、この家庭の子供はカンボジア国籍を持たないため、それらのサービスを受けることができない。家系については、90歳まで生きた母がいたが、彼女がいつからこの地で生活を始めたかについては正確にはわからないという。
このように、彼らの生活と背景は多くの側面から歴史的、文化的に複雑なつながりを持っている。インタビューの中で「私の父も、夫も、この子も、漁師として生きるのよ」という言葉を聞いたとき、調査前に訪問したカンボジア大学で学ぶ学生や、カンボジアの都市で暮らす人々と、彼らが置かれている状況を比較してしまい、やるせない気持ちになった。調査前に大学で見学した開発と貧困の授業で、ある生徒が「貧困層を取り残して国が発展するのは良くない」と言っていたのを思い出した。成長著しいカンボジアという国で、私は国籍というあまりにも大きな障壁を目の当たりにした。
インタビューに答えてくださった家族と私。
左側の仏壇がベトナムのもので、右側がクメールのもの。
カンボジアでの遊学経験が私に与えた影響と学びを改めて振り返ると、本当に価値あるものだったと感じる。カンボジア大学での交流は、異なる文化や価値観を理解し、それらを肌で体感することの重要性を教えてくれた。大学生との対話を通じて、彼らの生活や未来に対する思いを知ることができ、カンボジア社会の構造や課題を深く理解する機会を得た。またそこには、教育の重要性を強く認識し、より良い未来を築くために奮闘する彼らの姿があった。
トンレサップ湖の水上集落でのインタビュー調査も、私の視点を広げる重要な要素となった。現地の人々との対話を通じて、彼らの生活の実態や文化的背景、さらには歴史がどのように彼らの生活に影響を与えているかを直に知ることができた。特に、クメール・ルージュ時代の影響が彼らの日常生活に及ぼす影響は、このレポートには書けないものもあり、単なる歴史的事象ではなく、現在の彼らのアイデンティティやコミュニティの構造に深く結びついていることを実感した。このことは、私にとって移住や社会変動の複雑さを理解する上で重要な視点を与えてくれた。今後、私はこの遊学で得た貴重な経験を基に、地理学や共同体、開発経済についての学びをさらに深めていこうと考えている。特に、移住や人々の生活がどのように形成され、変化していくのかを探ることは、私の研究テーマとして非常に重要である。また、異文化理解や国際協力に関心を持ち続け、今後もそういった取り組みにも積極的に関与していこうと思う。
カンボジアで過ごした11日間、私はできるだけの経験をしようと努めた。というよりは、無意識的にカンボジアに触れようとしていたのだった。プノンペンでもシェムリアップでもマーケットには毎日通い、値切り交渉に勝ったり負けたりした。体力のある限り街を歩き、些細なことでも話題を見つけて現地の人に話しかけ、現地の人が食べているものを食べ、現地の人と同じバスに乗って移動した。プノンペンからシェムリアップをつなぐ長距離バス移動は特に印象に残っている。その日は雨季を感じさせる大雨で、途中で通った小さな村は冠水していた。これが東南アジアの雨季なのか、と私は本当に感動した。バスで暇そうにしていた小さなクメール人の女の子にカンボジアの手遊びを教えてもらったり、途中休憩で止まったコンポントムの町の屋台で食べた名前のわからない食べ物で食中毒になったりした。その食中毒によりシェムリアップのホテルで1日寝込むことになったが、そのおかげでホテルのスタッフの方と仲良くなった。彼女は私と同い年で、ホスピタリティの勉強をしているからホテルで働いているのだと言っていた。クメール語もたくさん教えてもらった。本当に素晴らしいホスピタリティだと思った。そのクメール語の単語を使ってトゥクトゥクのドライバーに話しかけると、とても嬉しそうにお話をしてくれた。私はカンボジアでの滞在の節々で、文化の豊かさや、人々の温かさを心から感じた。どこに行っても、親切で礼儀正しい人々が迎えてくれ、共通の趣味や考え方を分かち合える喜びを教わった。これらの人々との出会いは、私にとってかけがえのない体験となり、カンボジアという国がもつ独自の魅力を強く感じた。遊学目的である研究はもちろん素晴らしい経験となったが、このような温かさと誠実さに触れたことこそが、本当に忘れられない経験なのだと思う。
最後に、本遊学の機会を実現するために多大なご支援を賜りました在福岡カンボジア王国名誉領事館様、そして西日本新聞社様に深く感謝申し上げます。皆様のおかげで、カンボジアでの調査や学習を安心して行うことができました。
また、私を受け入れてくださったカンボジア大学のRathanaさんをはじめとする皆様、大学を案内してくださったCambodia Red Crossの学生の皆様、大学で素晴らしい時間を過ごすことができました。ありがとうございました。
そして、インタビューに答えてくださったチョンクニアのお二人には心より感謝申し上げます。調査に協力するのは初めてとのことでしたが、貴重な時間を割いていただき、親身になって答えてくださいました。本当にありがとうございました。
改めて、本遊学で関わりました全ての方々に感謝申し上げます。ありがとうございました。そしてまたカンボジアを訪れた際には、ぜひお会いできたらと思っております。
第13期生 上村 祥一朗 九州大学共創学部